2008年12月31日(水曜日)

今年一年を振り返って

カテゴリー: - hisashi @ 20時02分44秒

 今年一年を振り返ってみると、やはり、12月亡くなった山田ゆりみ議員のことが大きな衝撃となっています。

 亡くなってから、まだ一ヶ月がたっていませんが、議会での対応をはじめ大きく状況が変化してきています。

一人議員は、30数年ぶりのことですが、山田さんの遺志を受け継ぎ頑張りたいと思います。

 

 福田総理が辞任し、麻生政権が誕生し、すぐにでも選挙かと、9月、10月は地域演説会や街頭演説など次々と取り組みをしてきましたが、残念ながら解散総選挙にはいたっていませんが、一刻も早く、こんな国民いじめの政治をやめさせたいと思います。

 

 北京オリンピックも、今年の大きな話題でした。野球をしていたこともあり、女子ソフトの上野投手の力投は感動しました。

 

 来年は希望に満ちた年にしたいものです。


2008年12月29日(月曜日)

信号機設置される

カテゴリー: - hisashi @ 23時19分36秒

 栄町のスーパー・ハルキ横の交差点に信号が設置され、住民から喜ばれています。

 ここは、四条通りが整備されてから交通量も多くなり、住民からも信号の設置が求められており、日本共産党も道交渉の要求項目に取り上げ、道とも交渉を積み重ねてきました。

 道の公安委員会ではこれまで、「信号設置の予算も限られ全道で年間に十数個しか設置できない状況にある」と答えていましたが、事故なども起きていることから設置がされホッとしています。


2008年12月20日(土曜日)

故・山田ゆりみ議員の追悼演説

カテゴリー: - hisashi @ 10時08分26秒

 議会最終日の昨日、故・山田ゆりみ議員をしのんで追悼の演説を行いました。

追悼演説を行ったのは、最大会派の太田議員で、同じ幹事長として、幹事長会議や議会活性化委員会での山田ゆりみさんの奮闘ぶりを語りました。

 傍聴席には、喪主をはじめ4人のこども、二人の孫が遺影をもち参加していました。

さようなら山田さん


2008年12月16日(火曜日)

一般質問終わる

カテゴリー: - hisashi @ 22時00分41秒

 一般質問を今日行いました。12日山田ゆりみさんのお別れの会を終わり、遅れていた一般質問の準備に入りました。

13日の土曜日、一日かかって作り夜中の2時半までかかりましたがなんとか準備ができ、今日を迎えました。

質問の内容は下記のとおりです。事前にお知らせできなくてすみませんでした。

質問結果については、またお知らせします。

 

1.     西友撤退問題と中心市街地の活性化について

 

2.     「派遣切り」など深刻な雇用問題について

 

3.     資格証明書について

 

(1)  国保の子どもへの資格証明書の発行停止について

 

(2)  後期高齢者医療制度の資格証明書への対応について

 

4.     市営住宅について

 

(1)  家賃の改定について

 

(2)  修繕の促進について

 

(3)  灯油の価格について

 


2008年12月12日(金曜日)

故山田ゆりみ議員のお別れの会

カテゴリー: - hisashi @ 22時56分57秒

 急性心不全で九日亡くなった故山田由利美岩見沢市議の「しのぶ会・お別れの会」が11日・12日に、岩見沢幌向総合コミュニティセンターで行われ、初日は会場からあふれる500人を超える方が集まりました。

 山田由利美さんをしのんでスライドが上映された後、しのぶ会では、山田由利美さんと親しかったひとたちが故人への思い出を語りました。

 山田さんに市議のバトンを渡した佐藤陽子さんは、「議会での悩みなどなんでも相談しあった」と、ともに支えあってきた思い出を語り、保育専門学校同期の吉田桂子さんは「山田さんの原点は、保育専門学校時代にあった」と語り保専の校歌を同窓生で歌い、歌でお別れしました。

さらに、新婦人の前田悠子支部長、同時期に議員に当選した美唄の吉岡文子さんが思い出を語りました。

 紙智子参議院議員は「今の私があるのは山田さんの力によるものも大きい」と語り、いずれも明るく元気だった山田さんの姿を伝えるとともに「暮らしやすい社会にするため、山田さんの遺志を受け継ぎ頑張りたい」と決意をのべました。

 お別れの会では、市長、議長、議員会長、日本共産党幌向校援会長、日本共産党岩見沢市委員長・市議会議員が弔辞を読みました。

 市長は山田さんの議会での活動や人柄にふれ、「山田さんは廊下ですれ違っても、市長今日は顔色が良くないんじゃないと声をかけてくれたりした」と思い出を語りました。

 上田久司議員は、山田さんの遺体を発見した状況や、明るく元気だった様子や議会での山田議員の取り組みを話し、「今の政治はひどすぎてどこにいっても対話になる。話好きの山田さんの出番だよ」と呼びかけ「あとは引き受けました。安らかにお眠りください」と語りました。

 実行委員長の前川地区委員長は、山田さんへのお礼を述べた後、「故人の遺志を受け必ずこの北海道から日本共産党の議席を送る」と決意を述べました。

 

 弔辞の全文は市議団のページに貼り付ける予定です。


2008年12月9日(火曜日)

山田由利美議員死去

カテゴリー: - hisashi @ 23時29分26秒

 山田由利美議員が突然亡くなりました。まだ56歳でした。

早朝、幌向駅で一緒に宣伝し、家にもどって一時間くらいのことでした。

 朝は元気に宣伝していたのに、午前の議会の委員会に出席しなかったので、連絡をとっていたのですがとれず、どうしたのかなというくらいの気持ちで家に行ってみると、家の中で倒れていました。

 救急車を呼んだのですが、すでにだめでした。

ご主人や市役所、共産党などの事務所に連絡をして、家族を待っていました。

何がなんだか全く信じられない気持ちです。

ご主人が戻ってきてからも、警察などの聞き取りもあり、バタバタしてご主人も悲しみにふけることもできないようでした。

 山田由利美議員の生存の最後の痕跡が、一般質問をするための介護についての調査の打ち合わせの電話だったこともわかり、議員としてギリギリまで奮闘していた姿がうかがえました。

 このあとどうしていいかまだわかりませんが、今は「お別れ会」を無事終わらせるようご主人や家族の力になってあげたいと思います。

 心よりご冥福をお祈りします。

 

 お坊さんを呼ばないで、「お別れ会」をすることになりました。

1211()午後6時から「しのぶ会」

1212()午前10時から「お別れ会」

いずれも、幌向総合コミュニティセンター(通称ほっとかん)

住所は幌向南11丁目で行います。


2008年12月7日(日曜日)

駅前ツリーが点灯

カテゴリー: - hisashi @ 19時55分56秒

 岩見沢駅前のメタセコイヤの木が、今年も昨日点灯されました。

25メートルに及ぶ木に、25600個の青色が中心となった光が輝きました。

25日まで毎日午後7時から午前0時まで点灯されます。

 

 写真はちょっと手振れをおこしていますがこんな雰囲気です。


新婦人の大会であいさつ

カテゴリー: - hisashi @ 19時49分25秒

 新婦人岩見沢支部の大会が昨日行なわれ、日本共産党市議団としてあいさつしました。

あいさつのなかで私は、三つの「これはおかしい」を話し、政治を一緒に変えましょうと訴えました。

一つ目のおかしいは、非正規職員などが首切られる一方で、経営者などは株主配当はしっかり受け取っていること。

二つ目は、国民は年金や給料が下がっているのに税金があがり、大企業は大もうけしているのに税金が安くなっていること。

三つ目は米軍の住宅が日本の税金で作られ、しかも日本の公営住宅より三倍も四倍も広いことです。

 

おかしい政治は改めましょう。みなさんと協力・共同し暮らしやすい平和な社会にしていきましょうと呼びかけました。


2008年12月6日(土曜日)

石井郁子衆議を迎えて演説会

カテゴリー: - hisashi @ 23時39分07秒

 日本共産党の演説会を、石井郁子衆議院議員を迎えて岩見沢の平安閣で行いました。

畠山和也党道政策委員長が最初に話をし、労働者切捨ての北海道の実態を訴えました。

「人間は使い捨ての商品ではない」と力強く話しました。

 

 党中央副委員長で衆議院議員の石井郁子さんは、みずからの生い立ちにふれ、「なつかしい空知にやってきました」と話したうえで、「炭鉱のまち空知でなぜ、貧富の差が起こるのか」という疑問が党に入るきっかけとなったと話しました。

 サブプライムローンからたんを発しての、日本でも労働者の切捨ての一方で、内部留保は230兆円あり、下部の配当も8年間で5倍にしている実態を明らかにしました。

 そして、「構造改革で格差と貧困は広がり、子どもたちも給食費が払えないとかね修学旅行にいけないなどの状況がうまれてきている。しかし、子どもには自己責任はない」として、格差のない社会を訴えたことが印象的でした。


2008年12月2日(火曜日)

流行語大賞のベスト10に「蟹工船」

カテゴリー: - hisashi @ 10時13分47秒

 今年の流行語大賞が発表され、大賞には「グー」「アラフォー」が入り、特別賞に「上野の413球」が入りました。

 感動を与えた上の投手は、実際は409球投げたのですが、敬遠を審判に申告すれば投げなくてもいいが記録上は4球加算されるので、413球になることもわかりました。

 

 そんななかに「蟹工船」がベストテン入りしました。

戦前の小林多喜二の作品が、改めて注目をあびた結果であり、小林多喜二が描いた戦前の過酷な労働条件が今と重なるというもので若者に注目をあびています。

注目をあびたことは、当時の実態をリアルに描いた小林多喜二の想いが伝わり嬉しくも思いますが、一方、またこんな時代になったんだと、気をひきしめています。

 

 自民・公明の国民いじめの政治。本当に変えたいものです。


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