2011年9月27日(火曜日)

ニセコの雲海

カテゴリー: - hisashi @ 17時28分31秒

羊蹄山の朝日を見ようとカメラを構えていたら、霧・もやがかかり幻想的だったので写真を撮りました。

こちらも時間によって色が変わり何ともいえませんでした。

 

 

 

 

 


羊蹄山の朝

カテゴリー: - hisashi @ 17時18分49秒

 休みをとって両親を連れて道南とニセコをまわってきました。

ニセコのホテルからの朝日が素敵でした。

朝4時半から6時まで外でカメラを構えていました。

5時半過ぎに朝日が見えました。

朝日が出る前の空が赤くなってくるときもきれいでした。空の変化がわかります。

 

 


国民健康保険料の引き下げを

カテゴリー: - hisashi @ 17時08分15秒

 高い国民健康保険料を引き下げてほしいという市民の切実な願いに反し、引き下げないだけでなく逆に引き上げたことに市民は大きな失望と怒りをもっています。

 私は、こうした実態を示し、「国民健康保険法は第1条で、社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする」として、「社会保障として位置付けて保険料を引き下げるべき」と求めました。

さらに、「今回の値上げも議会ではいっさい議論ができないまま決定されている。国民健康保険料がどうあるべきかも含め、値上げ値下げの議論ができないまま決定されてしまう現在のしくみも改め、しっかり議論できるよう条例に位置付け変更のたびに議論ができるようにすべき」と市長の考えを問いました。

市長は、「国民健康保険法第1条の目的を達成するために、相互扶助の精神にのっとり加入者が支え合う制度」と答え、戦前の「相互扶助」という立場にこだわっています。

新しい国民健康保険法では、それまでの「相互扶助」をあらため「社会保障」としての位置付けがされましたが、市長はそうした立場にはたっていないことが明らかになりました。

また、保険料の決定については、「公益代表、医療関係者などの代表からなる運営協議会の審議で決めている」「議員には予算・決算で審議をしていただいている」と答えましたが、予算・決算では値上げについての議論はできません。

議会の場での議論で、保険料を決定する仕組みを作っていくことも必要です。

 


2011年9月17日(土曜日)

災害に強い街づくりへ消防職員の増員を

カテゴリー: - hisashi @ 22時33分14秒

 9月1日の消防議会で一般質問を行い、「災害に強いまちづくりをすすめるために、常日頃から消防体制を強化する必要があり、その中心となる、消防職員の充実も欠かすことができない」と、市長の考えをただしました。

 私は、8月下旬に一週間、宮城県気仙沼市へボランティアに行ってきたことにふれ、実際な被災者から聞いた話を示しながら、仮設住宅に入っている人たちの深い悲しみの実態を訴え、復興は人の心も含めまだまだ時間がかかると、実態を伝えました。

気仙沼市は、地震、津波のあと、大火災が起こり、被害を広げました。今回の震災で改めて、消防の充実をはじめとした、防災体制の強化が大切であり、災害に強いまちづくりを進めていくべきと訴えました。

現在の国基準の消防力は、職員数で187人となっていますが、現状は148人で39人少なく、充足率で79.1%となっています。

この実態を示して職員の充実を求めました。

 市長は、消防は生命と財産を守る仕事であるという認識を示したうえで、「消防力の基準は市町村が目標とすべきものであるが、多くの市町村で達成していない。現在警防要因と救急要因の兼務などで総合的に対応しているが、無制限に広がれば職員の負担増となる。厳しい財政状況ではあるが今のラインは絶対割らないよう指示をしている。国や道への要望はやぶさかでない」と答えました。


2011年9月12日(月曜日)

明日一般質問

カテゴリー: - hisashi @ 22時14分11秒

 明日、私と山田議員の一般質問です。

今回はいつになく質問者が多く、13人が質問します。今日までに9人終わり、明日4人行います。

山田議員は午後1時から「自校式の学校給食調理所を」「幌向駅にエレベーターを」について質問します。

私はその次で、「ごみ処理問題」「国保料の引き下げ」「ポルタビル」について質問します。

 ぜひ傍聴にもいらしてください。

 


原水禁世界大会報告会&平和のつどい

カテゴリー: - hisashi @ 22時09分27秒

 10日、原水爆禁止世界大会報告会と平和のつどいを行いました。

世界大会の代表者は、20代の女性と共産党美唄市議の吉岡文子さん(写真)で、平和への思いを語りました。

 平和のつどいでは、科学者会議の石崎さんによる「いま福島原発事故を考える」と題して講演を受けました。原発のしくみ、現在の状況などをお話してくれました。

 核兵器、原爆と原発。放射能、放射線ではお地面も持っている「核」について、あらためて考えていかなければならないと感じました。


気仙沼ボランティア報告会

カテゴリー: - hisashi @ 21時59分44秒

 10日、気仙沼でボランティア活動をした報告会を行いました。

100枚以上のスライドと写真、ニュースなどを使って話しました。

6月、7月に参加した人からも当時の様子を報告してもらいました。


2011年9月10日(土曜日)

気仙沼被災者の声

カテゴリー: - hisashi @ 20時26分39秒

 仮設住宅を訪問し、「不自由な点はないですか」「足りないものはないですか」と聞いて回る活動も行いました。その中で、被災した様子を話してくれる人が何人かいました。

 ある年配の男性は「妻も息子も亡くなった」と重い口を開き話し始めました。「津波が来ると言うことで、息子が逃げる準備をして車に荷物を積み込んで私たち夫婦を待っていた。しかし妻は、となりの家の同郷の九六歳のおばあちゃんがブルブル震えているのを見て、ヘルパーが来るまで一緒にいてあげたいといったので待っていた。ヘルパーが来たので私たちも逃げるからねと行って車に向かったが津波がきてしまった。妻も元気に走って逃げれる状態でもなかったので思いっきり走ることはできなかった。あっという間に津波に飲み込まれた。妻の手を握っていたが離してしまった」と声をつまられました。

さらに話し始めて、「自分はなんとか顔を津波のうえにだすことができた。そのときにタイヤが流れていたのでそれにつかまって助かった。でも息子も行方がわからなくなった。自分も死んだ方が楽だった」と語りました。

 今被災者は、仮設住宅に入り、避難所からのプライバシーもない生活から、自分のいる場所を得ました。その反面、一人でいる時間などで、震災時のことを思い出し、絶望感を味わってしまうという状況も生まれています。

 心のケアが大切になってきており、共産党のボランティアがますます重要になっていると感じました。


気仙沼ボランティアで感じたこと

カテゴリー: - hisashi @ 20時01分54秒

 今回のボランティア活動で感じた 点は、一つは日本共産党の献身的な姿です。

 自らも被災にあったのに、支援物資を他の人を優先して対応している姿。自らの畑や田んぼの草刈りを後回しにして、連日奮闘している姿など、改めて日本共産党の姿に触れ頭の下がる思いです。

 二つ目は、被災者の姿です。避難所から仮設住宅に移り、生活はすこしは落ち着いてきたころ。それが逆に一人になると悲しみを思い出す。誰かに話して少しはスッキリしたいけど、仮設住宅どうしでは、大なり小なり同じ悲しみを持っているので話すことができない。

「一緒に死んでしまえば良かった」などの発言も出ていました。

 三つ目は、日本共産党の役割がますます重要になっていることです。

ボランティアにはさまざまな活動がありますが、被災者の立場に立って、悲しみ・苦しみを聞いてあげる。こうした活動ができるのは日本共産党のボランティアだとあらためて感じました。この活動は引き続き重要な位置付けとして取り組まなければならないと思います。

 四つ目は、被災地の現状です。何枚も写真を撮りましたが、それでも写真は一部です。

被災地のすごさはわかったも、全体を感じ取ることは直接現地を見なければできません。

気仙沼市と南三陸町を見てきました。鉄道も道路も家も橋も何もかも飲み込んでしまった津波。街そのものがなくなっていました。全国が力を合わせて、住民本位の復興に向けて、少しでも早く実現するよう取り組みを強めなければと感じました。

 奥尻島の地震・津波の後のボランティアにも参加しましたが、そのときもすごいと思いましたが、今回はさらに規模が違いました。

 草刈はしんどかったけど、充実した活動をさせていただきました。

一日も早い復興を願わずにはいられません。


33 queries. 0.112 sec.
Powered by WordPress Module based on WordPress ME & WordPress

blog 月別過去ログ
blog カテゴリ一覧